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後藤さんが牙を剥く

声豚腐女子のジャングルポッケ

3ヶ月くらい友達がいなかった話

栗原類さんの本を読んでいます。

私は自分で自分のことを『発達障害もしくはなにかしらの精神病』ではないかと常々疑っています。記憶力が周りの人に比べて明らかに低いこと、相手が言っていることを認識できない回数の多さ、注意力がなさすぎるところ、計画性のなさ、あとはまあ細々したこと(部屋が汚いこととか、感受性が強すぎるらしいこととか)が原因です。これについてはいつかちゃんと解決したいなあとは思っているのですが、それについての手順がわからない、調べるまでいかないので、いつになることやら。
お金を払って専門家に会いに行くということはしないくせに、心理学だの障害だの精神病だのみたいな本や記事を読むことはよくします。読みながら「これは身に覚えがあるな」「これは別にないなぁ」みたいなことを考えたりしています。昔、さくらももこさんのエッセイにどハマりしていたこともあって、エッセイとか心療内科の先生が実際であった患者さんの話みたいなのが読みやすくて好き、というのもあります。
で、栗原類さんの本を読んでいます。

これです。
NYと日本の学校の違いとか、どういう障害があってどういう対処をしていて、ということが書いてあって面白いんですが、今から書くことはあくまで『この本を読んでいて思い出したこと』です。内容は特に本とは関係がありません。あるかもしれません。ただ思いついたことを書いているだけです。
人間とコミュニケーションに対する興味関心の薄さも、自分の脳味噌に疑いをかける原因です、という話。


高校に入学して3ヶ月間友達がいませんでした。

完全に文字通り、友達がいませんでした。

高校に入学早々いじめられていたというわけでもなく、ただただ友達がいませんでした。

そもそも私は人見知りをものすごくするたちで、今でも職場に新しい人が加わるとかいう段になると恐怖で心を支配されます。これが何由来のものかはわかりません。"知らない人とコミュニケーションをとらないといけない"ということに恐怖があります。ただ、店員さんとかの見知らぬ他人でその場限りの縁の人とは平気なので、"新たに問題のないコミュニケーションを積み重ねないといけない"ことがダメなのかもしれません。
高校は私立、それも中学校からのエスカレーター式のところに高校から新たに加わるという形でした。クラスは中学校で出来上がったコミュニティでいっぱいだったので、私が一人でいても誰も声をかけてきませんでした。
それでも、私の他の高校から入学した子達には全員友達ができていました。私に友達がいなかったのはコミュニケーションを怠ったからです。クラスに趣味が近そうな、いわゆるオタク的な子が何人かいて、その子達と友達になりたいな、という気持ちは少しだけあったのですが、それでも話しかけることはできませんでした。

友達がいない高校一年生の私がそれを苦に思ったかというと、全くそんなことはありませんでした。

他のクラスメイトたちがおしゃべりに花を咲かせているとき、何をしていたかというと、図書室に行って本を選び、本を借り、本を読んでいました。その頃の私は図書室で本を借りて、家と翌日の教室でそれを読み、読み終わり次第図書室に行って新しい本を借りる、という生活をしていました。なので、私が学校で一番コミュニケーションをとるのは、クラスメイトでも担任の先生でもなく、図書室の司書さんでした。司書さんは年上の人であり、また継続して良好なコミュニケーションをとり続けないといけない相手でもなかったので、気軽におしゃべりをしていました。そして、誰も話しかけてこないのをいいことに、本の世界に没入していました。本の中はエキサイティングで、なんの退屈もしないのでした。
中学のときに色々あり、クラスに友達がいなくても敵がいなければなんとでもなるな、ということを経験していたので、周りからどう見えていたのかは今になっても全くわかりませんが、私はものすごく穏やかに、平和に過ごしていました。一年同じ教室にいても、クラスの人間の苗字は半分も言えませんでした。

その頃の、私に友達がいないことに関して、一番心配していたのは担任の先生でした。
私としては、授業中に二人組を作れと言われ他ときくらいしか困ることはなかったのですが、今になってみると、入学後1ヶ月くらいで行った遠足でぼんやり一人でお弁当を食べている生徒がいたら、そりゃ心配するだろうな、と思います。心配しているといっても、その遠足のときにお弁当を食べている私の隣に座り「友達がいないようだが大丈夫か」ということを聞いてきたこと、一学期終わりの面談のときにも同じようなことを聞いてきたこと、そして二学期の面談のときに「心配していたが友達ができたようでよかった」ということを言われたくらいでしたが、さすがに二学期の面談でその言葉を言われたときには「この人は私を心配してくれていたのだなあ」と申し訳ない気持ちになりました。ごめんね、先生。

友達がいないまま夏休みを過ごし、二学期になって初めて友達ができました。
きっかけは体育の授業で身長順で二人組になった子が、昼休みに「一緒にご飯食べよう」と誘ってくれたからです。その友人とは、もう連絡さえとっていませんが、とても感謝しています。あの子がいなかったら、私はその後、一人の友人だってできなかったとさえ思います。友人の友人と友達になり、その友人の友人とさらに友達になり、大学に入って、その子の友達と……という具合に、大学の友達も、発端といえばそこから始まっています。
そう考えると、私が自ら話しかけに行って0から友達になる、という経験をほとんどしていません。だいたい誰かの友達。0から友達になったのは大学時代に一人と、社会に出てから一人だけです。前者の友達とは大学卒業から連絡を取っていないし、後者も会えば話すけれど、休日一緒にどこかに出かけて遊ぶ、みたいなことは一度しかしていません。遊びたい気持ちはあるんですが、それぞれ一人で趣味に没頭するのが好きなことと、あまり筆マメじゃないからでしょうか。似た者同士なのかもしれません。
小学校時代の友人に、そういえば0からできた友達がいました。お互いに友達がいなかったからくっついたにしては割と仲良く、私が引っ越してからも文通をしていましたが、いつからか途絶えて、やっぱり今では音信不通なのでした。
音信不通の友達も、いや一応連絡先は知っていて、連絡を取ろうと思えば取れるのですが。別に連絡取ろうと思わないから取らないのでしょう。こういうのがよくないのだなあとは、思うのですが。

私のコミュニケーションへの関心の薄さと壁の厚さがなんだか問題なんじゃないかなあ、と思うのです。
誰かと遊びたい気持ちがあったとして、寂しかったとして、だから誰かに連絡を取ろうとはあまり思いません。寂しさに耐えることと誰かに連絡を取ることなら、後者のほうがはるかに壁が厚く高い。そもそも、一人で好きなアニメやライブのBDを見て、ツイッターでつぶやきを垂れ流し、それに反応してくれる人と話すので満足で、誰かと猛烈に遊びたい!! みたいな気持ちにあまりなりません。遊んだら遊んだで楽しいのですが、一部の気心知れた(と私が一方的に思っている)友人との予定でないと、キャンセルしたいレベルで憂鬱になり「遊ぶ約束なんてしなかったらよかった、一人でBD見ていたい」となることも、実際なんやかんや理由をつけて行かないこともあります。
ツイッターでフォロワーと会話するのは、なんだかリアル人間と話すのとは全然質の違ったコミュニケーションだと思います。ツイッターを通して友人はできたけれど、それを"友達"と定義するとなると、なんか違う感じ。実際会って話して、というコミュニケーションをとって初めて"友達"になれたような、まだ足らないような……?
それが悪いとか良いとかじゃないんですけど、なんだろうな。
ツイッターは、嫌になったらフォローを外すなりブロックするなりでさっと離れられる、無責任で気軽な関係なんですよね。ツイッターの画面の向こうにいる人は、"問題のないコミュニケーションを積み重ねないといけない"人じゃないからでしょうか。プレッシャーは少ないし、ツイッターがなかったら私の交友関係どうなっていたんだろうか。今ふと考えて恐ろしい気持ちになりました。好きなものの大半には出会えないし、本を読むばかりの人になっていたんではなかろうか……? 私のほとんどを形作る趣味の面でも、私が不得手とするコミュニケーションの面でも、ツイッターありがとう、という結論になりましたね、なんだこれは?

いつか自分の脳味噌になにかしらの名前がつくことになったら、何か変わるんでしょうか。
なにもわからない曖昧な現在でも、まあそれなりにどうにかなってはいるのですが。

ところで、友達がいなかった3ヶ月に、たまにふと帰りたくなります。
ツイッターを中心とした友人関係、たくさんの趣味、腹立つこともあるけどまあそこまで苦でもない仕事。それで充分に満たされた日々を送っていますが、本当にたまに、ふと。
たくさんの本と少しの人間で形作られた世界。
なんの波風も立たない、限りなく怠惰で穏やかな生活に。