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後藤さんが牙を剥く

声豚腐女子のジャングルポッケ

左利きに優しくなれ

文房具が好きでよく買う。
ペンのたぐいもその例にもれないのだが、ペンはたまにわたしを裏切る。
書いてる途中で掠れるのである。
たまに文章の途中で書けなくなったりする。
文字を書いているのにそこにわずかな溝ができるばかりでインクが出ない。
インクの残量はまだまだあるのにインクがでない。
こなくそと思って、文字を逆からなぞると出たりする。

世のボールペンは右利き用にできているという。

わたしは憤慨する。
わたしは左利きである。
左利きが使うと、ペンの傾斜だかなんだかのせいでインクがでないことがあるらしい(文字を逆からなぞるとインクが出るというのはつまり傾斜がうまいこといってインクがきちんとでているということらしい)。
つまり右利き連中はこのイライラを感じたことがほぼないということだ。
実際、わたしがインクがでないと腹を立てて投げたボールペンを「普通にかけるじゃん」といって目の前でサラサラ使われたことがある。お前、長年(二週間ほど)わたしに使われておいて反乱か!? と明智光秀に謀られた織田信長のような気持ちになった。是非に及ばず。炎の中で舞わなかったわたしを褒めて欲しい。

世の中は右利きが多い。
だいたいどこの国でも10%が左利きらしい。
100人中10人、50人中5人、10人中1人。
そんななので、だいたいのしくみが右利き用に作られている。
自動改札のきっぷをいれるところが右側にあること、
リップグロスの傾斜が右利き用に作られていること、
ハサミだって左利きでは切れないものがある。
鍵やネジの回転だって右利き用だ。わたしたちが回そうもんなら手がぐねってなるのだ。
左利きがそういう積み重なるストレスのせいで早死にするというのはよく知られた話である。
ハサミなんかは左利き用のものがもちろん存在するが、希少で、お値段が張ったりする。そして忘れ物なんかしてしまうと大変だ。周りに借りても紙をくちゃっと折ってしまう木偶の坊であったりする。よって、他人のハサミを信用できないわたしは、未だに幼稚園の頃の誰でも簡単に切れるハサミを使っている。20年来の友である。

話は戻るが、ペンはその与えてくるストレスの量が多いとわたしは思う。
横書きすればインクがにじみ、
かと思えばインクがでなくなり、
ふと気がつけば小指の根元から手首にかけてが真っ黒である。
なんだってんだ、もう。
右利きではないのでわからないが、右利きの人がひたすらに縦書きを強いられたら、おそらくインクのにじみと手の汚れは実感していただけるのではないだろうか。小学校中学校の時とか、どうでした? 汚れませんでした? にじみませんでした?

ていうか、こんなに憤慨することが多いのに、なんでわたしは左利きなんだろうか。生まれた時から右利きであればインクはにじまないし手は汚れないし、ボールペンだってさらさらと自分の職を全うできるのだ。インクがでないといってわたしに投げられる必要も可能性もない。ストレスフリーな社会である。
こんなにストレスフルに日々を生きているのに、右利き連中は「左利きってかっこいいよね」などとぬかす。左利きとして忠告するが、これはあまり言わない方が良い。
いや、かっこいいと言われるのは正直うれしい。だが不便だ。1/10の個性があるのは確かだろうが、そこそこ不便なのだ。無条件にかっこいいと言われるという点と、そこそこ不便な点合わせてプラスマイナスでいうとぶっちぎりのマイナスである。わたしが22世紀を生きる者ならばもしもボックスで右利きがマイノリティの世界にすっ飛ばしてやるところだ。そして積み重なるストレスで6年早く寿命を迎えればよい。まったくもう。

左利きであるわたしの信頼を勝ち得るペンは少ない。

なんでやけくその八つ当たりでこんな文章書いているかって、先日買ったペンに裏切られたからである。そこそこ高いペンだったのだ。700円くらいである。700円を笑ってはいけない、裏切るなら先に言ってくれという値段である。700円あったらそのぶんラーメンの1つでも食べたのに。このペンどうしようかなぁ……捨てるにはもったい値段でもある。なんせラーメン一杯ぶんだ。ラーメン屋で届いた熱々のラーメンを故意にひっくり返すものなどいない。

右利きの友人にこの怒りをぶつけたところ、そもそも右利きは世のボールペンが右利きに有利に作られていることを知らなかったので驚いた。これがおそらくそこにあると気づかないしあわせなのだ。失って初めて気がつくやつだ。いわゆる愛である。右利きの周りには愛が溢れている。右利きの方々は自覚していただきたい。
そしてその与えられた愛の分、ちょっとばかり左利きに優しくしてもらえないだろうか。たとえば左利きと並んで食事をするとき、左利きを左側に座らせてくれるとか(肘が当たって食べづらい)。左利きが何か書きものをしているときは、左側に立たないようにするとか(やはり肘が当たって書きづらい)。左利きが鍵やペットボトルの回す方向をいちいち間違えるのに気がついても笑わないとか(わたしだけかもしれないが、よく逆方向に回してしまうのだ。学習したい)。あとは『左利きってかっこいいよね〜俺も左利きになりたい』などとぬかさないとか、である。些細なことであろう。些末なことであろう。どうかよろしくお願いしたい。なんせ、積み重なったストレスで、左利きは右利きより6年早く死ぬからだ。わたしたちの6年を救ってほしい。

ちなみに。
左利きの経験する理不尽を右利きは知らないと知ったわたしは、さらなる怒りに燃えながら文具コーナーを徘徊した。先日裏切ってきたペンの代わりを探すためである。先に言っておくが、私は先のペンをなにかの用途に買ったわけではない。無駄遣いである。裏切りのペンだったのだから真の意味での無駄遣いだ。必要なものではなかったが、空いた穴は埋めねばならぬ。数多あるペンの、だがこれは過去わたしを裏切ったやつ、これも、と列挙していき、まだ裏切りの前科がないものを試してみたらその時点でインクが掠れた。悲しい世界だ。
夢はリフィルで好きな色をカスタムできるペンを最後まで使い切ることである。あれらのペンでわたしを裏切らなかったペンは、まだ、ない。